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汎神論、一神教、視線
何故キリスト教圏に汎神論、あるいは汎神論的な哲学があるのか、以前から不思議に思っていました。スピノザ哲学やヘーゲル哲学などは明らかに汎神論的です。
つまりキリスト教圏と言えば一神教なので、一神教なのに万物に神が宿っているという汎神論が有り得るのかよく分からなかったのです。一と多が矛盾していいるように感じられたのですね。
しかしどうも僕は汎神論と多神教を混同していた部分があったようです。多神教の文化圏において、万物に神が宿ると言う言い方をすれば、それはそれぞれのモノにそれぞれの神が居るということ。しかし一神教の世界において同じ言い方をすれば、それは万物に「唯一神の意志」を見出すということを意味します。神の遍在、とも言います。
こうしたキリスト教的汎神論――「神の遍在」という思想については、これを巡って多くの神学議論が交わされてきました。
神と、その被造物との関係は、カトリック神学においてはギリシア哲学の影響を受けています。プラトンの言うイデアと神は重ね合わせられ、アリストテレス哲学の構図は神が遍在するという構図にぴたりと重ね合わせられました。
しかし汎神論は、神学の歴史の中では危険視もされたようです。何故なら、どこにでも神が居ることは、容易に「どこにも神は居ない」ことにもなり得るからです。ヴァニノ・ヴァニニやジョルダーノ・ブルーノなど、汎神論を唱えたために火刑台送りになった人物もいるほどです。
それでも汎神論的な理論は後を絶ちません。プロテスタント世界でもヤコブ・ベーメ神学がそうで、この人物の哲学は仏教とキリスト教というテーマの研究ではしょっちゅう引き合いに出されます。万物に「仏性」を見出す禅の思想と汎神論は共通点がある、という趣旨です。
実際、神様があちこちに遍在していると言うよりも、神の「意志」が万物に宿っていると考えれば、この「意志」は仏性だとか気だとかいった概念に置き換えることも可能なわけです。
現代科学でも、そのように、表面に見出されるものを何らかの大いなる意志の象徴と解釈しない限り説明がつけられないような発見は多々あります。
また現代の汎神論にはもう一つの傾向があり、これは人間の極端な自由を至上とするリベラリズムです。万物に神の意志が宿ると言うのなら人間もまたそうで、人間は己の欲するままに行動すればそれが自動的に神の意志の実現になるはずだ、という見方です。
これは言わば現世利益主義、快楽主義的です。そういえばギリシア哲学でも、アリストテレス哲学の後に快楽主義や禁欲主義の思想が登場したことを考えると興味深いですね。汎神論の次は実存主義が来る、というのは一つの歴史法則なのかも知れません。
そしてこうした歴史は「視線」の歴史でもあります。汎神論の観点はどちらかというと「世界を観察する」というスタンスからして客観主義的ですが、それが現世利益や快楽主義になると、自分で自分のあり方を見直すという風に、客体から主体へと視線が向き直ることになるからです。
また、実存主義から汎神論に移行する場合も、いったん実存を見詰め直した人間は次に「自分にとって見えている世界」を観察することになりますので、これは客観主義になります。そして客観主義はまた汎神論になるというわけです(プラトンの次にアリストテレスが、カントの次にヘーゲルがやって来たのは故なきことではありません)。
実はこうした「視線」を重んじる傾向はキリスト教の父なる神の中にも既に存在していました。言うなれば「誰が見ていなくとも、神様は全てをお見通しである」という考え方です。フランスでは近代以降も公共の場に「神が見ています、ここでは宣誓に背かないこと」と書かれることがあったそうです。
かように、哲学思想の歴史も、また宗教思想の歴史も、ひいては人間による「視線観」の転変の歴史であると言うことが出来ます。見る者と見られる者のどこに重点が置かれるかによって時代の中心は変わっていくのです。
もっとも思想の変化や生産関係の変化によって、見られる客体も色々と変化していきます。「何も見る対象のない単なる視線」などというものは考えられませんので、視線そのものも歴史の中で変化していると考えるべきでしょう。
そうした観点から我が国のことを考えてみるとどうでしょうか。一応日本は多神教ということになっていますが、実際には日本人は神に対してそれ程敬虔ではありません。信仰されているのは「お上」「場の空気」「世間」「怨霊」「言霊」「恥」「穢れ」等々であり、それはむしろ呪術的な信仰であえると言えます。しかもそれは通常意識されることが無い程にごく当たり前に日本人の心身に浸透しています。
こうした傾向は非西欧圏に独特のものなのかというとそうでもなく、恐らく西欧にもこうした傾向はかつてあったものと思われます。それが解体されたのは、恐らく中世の異端審問のための密告制度の施行が大きく影響しています。密告制度は隣人同士の絆を切断し「個人」という意識を作るからです。これが西欧の呪術信仰を一掃し、図らずも一神教勢力の拡大と強化に役立ったのでしょう。
ですので仮に日本社会の空気が「西欧以前」のものであり、西欧の空気が「日本以後」のものであると考えると、日本人が感じる「視線」はあくまでもごく親しい存在の視線であり、それは誰でも良い。それはお上でも、隣人でも、祖霊でも構いません。
しかし西欧人の感じる「視線」は敵か味方かも分からない得体の知れない者の視線です。だから先述した汎神論の逆バージョンで、誰の視線でも無いからこそ、全ての視線はただ一つの視線として収束されるのではないかと想像されます。
ですから西欧人の感じる「視線」というのは抽象的な分だけ剥き出しで、暴力的で、あまりにも先鋭的です。それは神の視線であると同時に、サルトルが『存在と無』で論じているように自分自身を破壊しかねない凶悪なものなのです。その対人恐怖的な視線観は、やはり僕らから見ると「どうしてそこまで気にするの?」と言いたくなります。
ここに、西欧圏が一神教のキリスト教圏として成立し、その他の文化圏が多神教として考えられるようになった一つの原因があると思うのですがいかがでしょう。
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つまりキリスト教圏と言えば一神教なので、一神教なのに万物に神が宿っているという汎神論が有り得るのかよく分からなかったのです。一と多が矛盾していいるように感じられたのですね。
しかしどうも僕は汎神論と多神教を混同していた部分があったようです。多神教の文化圏において、万物に神が宿ると言う言い方をすれば、それはそれぞれのモノにそれぞれの神が居るということ。しかし一神教の世界において同じ言い方をすれば、それは万物に「唯一神の意志」を見出すということを意味します。神の遍在、とも言います。
こうしたキリスト教的汎神論――「神の遍在」という思想については、これを巡って多くの神学議論が交わされてきました。
神と、その被造物との関係は、カトリック神学においてはギリシア哲学の影響を受けています。プラトンの言うイデアと神は重ね合わせられ、アリストテレス哲学の構図は神が遍在するという構図にぴたりと重ね合わせられました。
しかし汎神論は、神学の歴史の中では危険視もされたようです。何故なら、どこにでも神が居ることは、容易に「どこにも神は居ない」ことにもなり得るからです。ヴァニノ・ヴァニニやジョルダーノ・ブルーノなど、汎神論を唱えたために火刑台送りになった人物もいるほどです。
それでも汎神論的な理論は後を絶ちません。プロテスタント世界でもヤコブ・ベーメ神学がそうで、この人物の哲学は仏教とキリスト教というテーマの研究ではしょっちゅう引き合いに出されます。万物に「仏性」を見出す禅の思想と汎神論は共通点がある、という趣旨です。
実際、神様があちこちに遍在していると言うよりも、神の「意志」が万物に宿っていると考えれば、この「意志」は仏性だとか気だとかいった概念に置き換えることも可能なわけです。
現代科学でも、そのように、表面に見出されるものを何らかの大いなる意志の象徴と解釈しない限り説明がつけられないような発見は多々あります。
また現代の汎神論にはもう一つの傾向があり、これは人間の極端な自由を至上とするリベラリズムです。万物に神の意志が宿ると言うのなら人間もまたそうで、人間は己の欲するままに行動すればそれが自動的に神の意志の実現になるはずだ、という見方です。
これは言わば現世利益主義、快楽主義的です。そういえばギリシア哲学でも、アリストテレス哲学の後に快楽主義や禁欲主義の思想が登場したことを考えると興味深いですね。汎神論の次は実存主義が来る、というのは一つの歴史法則なのかも知れません。
そしてこうした歴史は「視線」の歴史でもあります。汎神論の観点はどちらかというと「世界を観察する」というスタンスからして客観主義的ですが、それが現世利益や快楽主義になると、自分で自分のあり方を見直すという風に、客体から主体へと視線が向き直ることになるからです。
また、実存主義から汎神論に移行する場合も、いったん実存を見詰め直した人間は次に「自分にとって見えている世界」を観察することになりますので、これは客観主義になります。そして客観主義はまた汎神論になるというわけです(プラトンの次にアリストテレスが、カントの次にヘーゲルがやって来たのは故なきことではありません)。
実はこうした「視線」を重んじる傾向はキリスト教の父なる神の中にも既に存在していました。言うなれば「誰が見ていなくとも、神様は全てをお見通しである」という考え方です。フランスでは近代以降も公共の場に「神が見ています、ここでは宣誓に背かないこと」と書かれることがあったそうです。
かように、哲学思想の歴史も、また宗教思想の歴史も、ひいては人間による「視線観」の転変の歴史であると言うことが出来ます。見る者と見られる者のどこに重点が置かれるかによって時代の中心は変わっていくのです。
もっとも思想の変化や生産関係の変化によって、見られる客体も色々と変化していきます。「何も見る対象のない単なる視線」などというものは考えられませんので、視線そのものも歴史の中で変化していると考えるべきでしょう。
そうした観点から我が国のことを考えてみるとどうでしょうか。一応日本は多神教ということになっていますが、実際には日本人は神に対してそれ程敬虔ではありません。信仰されているのは「お上」「場の空気」「世間」「怨霊」「言霊」「恥」「穢れ」等々であり、それはむしろ呪術的な信仰であえると言えます。しかもそれは通常意識されることが無い程にごく当たり前に日本人の心身に浸透しています。
こうした傾向は非西欧圏に独特のものなのかというとそうでもなく、恐らく西欧にもこうした傾向はかつてあったものと思われます。それが解体されたのは、恐らく中世の異端審問のための密告制度の施行が大きく影響しています。密告制度は隣人同士の絆を切断し「個人」という意識を作るからです。これが西欧の呪術信仰を一掃し、図らずも一神教勢力の拡大と強化に役立ったのでしょう。
ですので仮に日本社会の空気が「西欧以前」のものであり、西欧の空気が「日本以後」のものであると考えると、日本人が感じる「視線」はあくまでもごく親しい存在の視線であり、それは誰でも良い。それはお上でも、隣人でも、祖霊でも構いません。
しかし西欧人の感じる「視線」は敵か味方かも分からない得体の知れない者の視線です。だから先述した汎神論の逆バージョンで、誰の視線でも無いからこそ、全ての視線はただ一つの視線として収束されるのではないかと想像されます。
ですから西欧人の感じる「視線」というのは抽象的な分だけ剥き出しで、暴力的で、あまりにも先鋭的です。それは神の視線であると同時に、サルトルが『存在と無』で論じているように自分自身を破壊しかねない凶悪なものなのです。その対人恐怖的な視線観は、やはり僕らから見ると「どうしてそこまで気にするの?」と言いたくなります。
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